日系企業のアジア拠点の世代交代が進まない理由
Authored by 井手 寛暁, 組織開発ダイレクター, パーソルコンサルティング 中国 • 7 min read
「管理職の後継者がいない」という現実
日系企業のアジア現地法人において、「管理職の後任が社内に見当たらない」という課題が表面化しています。進出から15年から30年が経過し、立上げ当初から現地で活躍し管理職を務める層が一斉に定年退職に近づく中、そのポストを継ぐべき次世代の人材が育っていない、あるいは既に去ってしまっているケースを多くお見受けしています。本コラムでは、この「世代交代不全」がなぜ起こるのか、その背景を深掘りしていきます。
背景:環境変化が生み出す「人材ギャップ」
この問題が顕在化している背景には、大きく二つの要因があると考えます。
第一に、時間的な要因です。多くのアジア現地法人は進出から15~30年を経ており、現地採用の中核管理職層が、ほぼ同時期に引退の年齢を迎えています。彼らは現地法人の立上げや成長期を支えた礎であり、その経験とネットワークは一朝一夕で補えるものではありません。しかし、その引退が近づくにつれて、後継者不在という課題が浮き彫りになっています。
第二に、環境変化による役割変容です。従来、アジア拠点は主に「生産・貿易の拠点」として位置づけられ、その役割は日本本社で企画・開発された製品を、決められたルールと高い効率性をもって生産・流通させることにありました。管理職に求められた役割も、ルールを徹底し、安定したオペレーションを回すことでした。これを「ジグソーパズル型」の組織運営と喩えることができるでしょう。パズルのピース(仕事)は既に決まっており、いかに正確・効率的にはめ込んで大きな絵を大量生産するかが重要でした。時折起こるトラブルに対処するために、日本人駐在員がリーダー、意思決定者として、存在する構図が成り立ちました。
しかし、現在のアジア市場は様変わりしています。市場の重心は現地に移り、現地企業や消費者との直接取引が増加。さらに、現地競合企業の台頭により、競争は激化の一途を辿っています。現地組織に求められるのは、多品種少量生産への対応、移ろいやすい市場トレンドへの対応、新規顧客の開拓、供給網の現地完結等、柔軟性と創造性です。組織運営は「レゴ型」へとシフトを余儀なくされています。レゴのように、与えられたブロック(リソース)を組み合わせて、自ら新しい形(ビジネス)を創造していく能力が、特に現地管理職層には強く求められるようになりました。
この変化に対応できる、すなわち「レゴ型」のマネジメントができる人材が、現職の管理職層にも、その下の層にも不足している。これが、世代交代を困難にしている根本的な構造問題です。
後継候補はなぜ去るのか:「魅力なきポスト」の実像
では、将来の管理職候補となりえた優秀な若手・中堅社員がいなかったというとそうではないでしょう。彼らが組織に居続けようとせず、退職してしまったのはなぜでしょうか。ここには、日系企業特有の人材マネジメントが関わっていると考えます。
第一に、「報酬分配のいびつさ」 です。多くの非日系企業では、責任と成果に応じて上層部に厚く報酬が分配され、キャリアアップのインセンティブが明確です。一方、多くの日系現地法人では、日本的な年功序列と平等分配の思想が色濃く残っているケースが見受けられます。その結果、一般層の社員に対する年功的な報酬上昇が比較的維持される一方で、現地管理職の報酬水準がマーケット比で低く抑えられています。「管理職になっても、報酬面での魅力が乏しい」という実態を抱える企業は多いのではないでしょうか。
第二に、「仕事の魅力(レベルの低さ)」 です。従来の「ジグソーパズル型」運営下では、現地管理職の役割は決められたオペレーションを確実に実行することに偏りがちでした。(報酬水準を低く抑え、権限が限定的でも成立しました。)一方で、事業戦略の策定や新規市場開拓といった、マネジメントとしての本質的で高度な仕事に携わる機会は限られていました。報酬が低く、かつ仕事の権限・裁量ややりがいが乏しいのでは、高い野心を持つ人材にとって、そのポストに魅力を感じるのは難しいでしょう。
第三に、「キャリアパスの不透明さとポスト不足」 です。日本本社では、新卒一括採用を前提とした「成長型マネジメント」が機能し、定年退職による定期的なポストの空きが玉突き式の昇進を生み出してきました。しかし、中途採用が中心のアジア拠点は、本社に比較すると小規模で、年齢バランスによほど気を配らない限り、上位ポストが良いタイミングで空きません。昇進のために長期間待たなければならない状況下で、良い人材程、外部からより良い条件で引き抜かれていきます。組織は、自ら有望な人材を学校のように育て上げながら、その卒業生を他社に送り出してしまう人材流出ループに陥っています。
いずれも、アジア拠点の環境変化を受けて、日本型の人材マネジメントが通用しにくくなっていることが言えるでしょう。
後継候補はなぜ育たないのか:「囲い込み」と「育成機会の欠如」
去っていく人材がいる一方で、社内に残った人材が育ちきらない理由も押さえておきましょう。
まず、「現職管理職による仕事の囲い込み」 が挙げられます。ジョブ型に近い現地法人では、上のポストが詰まっていれば、自分のポジションを守るということが生じてしまいます。また、数年ごとに交替する日本人駐在員トップは、大過なく事業を運営するため、特に間接業務では、業務を熟知した現職の現地管理職に業務運営の多くを依存してしまうのが実態でしょう。結果、業務ノウハウやネットワークが特定の個人に「ブラックボックス化」され、後継者への引継ぎが計画的になされていないケースが散見されます。現地管理職の定年が近づいて初めて引継ぎの必要性が認識されるケースも少なくないように感じます。
次に、「環境変化に対応した育成機会の不在」 です。前述したように、求められる管理職像は「ルールの番人」から「創造型のリーダー」へとシフトしています。しかし、人材育成の重点は依然として場当たり的な対応に偏りがちです。定期的な研修の実施やMBA派遣等を行いながらも、効果が得られない、日々の実践に活かされないことが多いのではないでしょうか。現在の環境下で必要なのは、マクロ経済の理解、現地マーケットの洞察、異文化チームの巻き込みなど、座学だけでは身につかない総合力です。この実践的育成を計画的・意図的に行えていないことが、将来の管理職人材の成長を阻んでいるのではないかと考えます。
結論: 「育て、任せ、魅力ある場に変える」という中長期の覚悟
では、この難局を打開する道はあるのでしょうか。必要なのは、「中長期的な視野に立った、計画的・意図的な人材育成の実践」 です。
第一に、「報酬と権限の見直し」 を通じて、管理職ポストそのものの魅力を高めなければなりません。市場水準を参照し、責任の大きさに見合った報酬体系を構築するとともに、事業戦略の策定や予算執行など、実質的な権限を現地管理職に付与する。徐々に実行に移した方が良いかもしれませんが、ポストに魅力を持たせることで、管理職ポストを優秀な人材が挑戦したい舞台に変える必要があります。
第二に、「意図的な経験の付与(ストレッチアサインメント)」 です。将来的な管理職候補には、現状の能力を少し超える挑戦的な経験を早期から積ませ、失敗を許容する中で実践力を養わせる。日本人駐在員は彼らに伴走し、成長を信じて支える。これを、「計画的・意図的」に組織として進めることが重要です。
第三に、「レゴ型組織に対応したリーダーシップの開発」 に焦点を当てます。明確な答えのない状況で、方針を示し、多様な人材を巻き込み、試行錯誤を恐れずに前に進むことができるリーダーを育てる。そのためには、経験を積ませるだけではなく、創造性、学び続ける力、他者を巻き込む力を人材選抜要件に据えることも不可欠でしょう。
世代交代の問題は、単なる人事の問題ではなく、組織が環境変化に適応できるかどうかを試す経営課題です。アジアの現地法人を、オペレーションの一部ではなく、自律的に考え、行動する独立した経営主体に育て上げる。そのための人材への投資と覚悟が、今、日系企業に求められているものだと考えます。
本記事に関するお問い合わせ
パーソルAPAC
✉persolapjapandesk@persolapac.com
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